2020/10/13 17:59



1973年、第4次中東戦争が勃発、同年10月にはOPEC(オペック・石油輸出国機構)が制裁措置としてイスラエルを支援する国家に対して石油の禁輸を決定、また石油の段階的減産を実施し、これに拠って世界経済は一挙に混乱し始めた。
 
日本は当時中東政策では中立的な立場だったが、アメリカの属国としてのイメージが強く、欧米と同程度のOPEC石油制裁を受け、これによって日本の石油関連製品は一挙に高騰し、スーパーでは翌日には値上がりしていく上に、1人1個しか売って貰えないトイレットペーパーを買う為に、売り場で主婦同士が喧嘩を始める騒動があちこちで発生していた。
 
また現在では高級紙300ページ以上を使って1万から2万字の書籍と言う優雅なケースも存在するが、古紙の高騰から書籍は枚数が減少し、マンガの1コマが小さく印刷されたり、通常は1ページ400文字から500文字の書籍が、文字を小さくしてその倍の文字数を印刷したものが出てくるようになる。
 
日本経済はそれまで高度経済成長戦略により大幅な金融緩和政策の中に有り、ここで金融引き締めが遅れた結果、1974年の消費者物価指数は+23%と言う狂乱物価に突入していく。
 
この傾向はアメリカも同じで、やはりOPECの石油制裁を受けたアメリカでも狂乱インフレーションによって消費が停滞し、生活必需品の価格上昇率はうなぎ登りになりながら、非生活関連商品は売れ行きが減少する極めて深いデフレーション状態、「スタグレーション」状態に陥っていた。
 
これに関して2006年から14代の「FRB」、アメリカ連邦準備制度理事会議長を務めた「Benjamin Shalom Ben Bernanke」(ベンジャミン・シャローム・ベン・バーナンキ)は石油ショックの影響よりも、アメリカの金融引き締め策の遅れ、引き締めマインドを合衆国国民に想起させる動きをしなかった、FRBの政策に大因が有ると分析していた。
 
確かに日本もアメリカもそうだが、経済を拡大させる事に目を奪われ、とにかく紙幣を印刷し続ける状態が続き、これを急激に止めると経済が失速する恐れから、金融引き締め政策が大幅に遅れていたのであり、当時から1990年頃まで、世界経済はインフレ抑制に必至になっていたのである。
 
インフレーションは庶民に取って本当に辛い経済状態だった。
 
確かに給料は上がるが、それ以上に物価が高騰し、物の値段が下がる事など考えられない状態になり、支出の削減から必要以外の物は全く買わないようになって行った。
 
これがインフレーションである。
 
どうだろうか、今の状態と何が違うだろうか・・・。
賃金の上昇を除けば日本は全く同じ状態になってはいないだろうか。
1974年当時の政策スローガンは物価抑制、賃金上昇の抑制だったのである。
 
そしてインフレーション時には非生活関連物資のデフレーションが必ず発生し、そこから経済は収縮していくが、設備投資も抑制なら、市場の紙幣も減らさなければインフレーションは収まらない。
 
しかし紙幣の量は増やす時は簡単だが、減らす時は時間がかかり、ここから金融引き締めのタイミングがずれ、経済は一挙に収縮する。
バーナンキは日本のデフレーションに対して「インフレターゲット」と言う理論を展開したが、これがアベノミクスと言うふざけた経済政策の基本になっている。
 
リーマンショックでデフレーション経済に陥ったアメリカ経済は、確かにヘリコプターで金をばら撒けば解決するとしたバーナンキの「インフレターゲット論」で回復したかに見えたが、その後のアメリカ経済の回復は一進一退の展開で、更には国際紛争によって、アメリカの経済は濁流に浮かぶ木の葉の様相である事は何等変わっていない。
 
つまり世界経済は、どの国家もその国家だけの政策ではどうにもならない事が明白なのであり、そもそもインフレーションになればデフレーションも深くなり、デフレーションはある種インフレーション状態脱却が目指す目標値でも有る。
 
日本人は少しインフレーションの恐さを思い出した方が良いかも知れない。
インフレーションを目指すなど、本来民衆にとっては狂気の沙汰なのだが、経済再生こそが国民の幸福と言う風潮は民衆が民衆で有る事を放棄したも同然の考え方である。
 
1973年から1984年まで、民衆はインフレーションに苦しみ、自殺者や夜逃げが多発し、バブル経済と言うがこれの民衆的効果の期間は1985年頃から1989年の4年だけである。
しかもこうした期間で有っても民衆はそれほど優雅な暮らしを送れただろうか・・・。
 
実質デフレーション経済に陥って既に24年、家制度の一代とは25年を指すと言われているが、一人の人間が独立して主的収入を得る期間がこの25年と言う事であり、つまりデフレーションはもう人間の一代と同じ期間続いている事から、その前に存在したインフレーションの怖さが経済的思想の彼方に追いやられ、すっかり忘れられてしまっているのでは無いだろうか・・・。
 
デフレーションもインフレーションも経済用語だが、どちらかと言えば企業や経済統治者の考え方であり、このどちらでも民衆が苦しい事の現実は変わらない。
衆議院総選挙の候補者でインフレこそが経済再生、国民の幸福だと演説している者が存在するが、インフレが国民生活を向上させると言うのは間違いである。
 
インフレーションを望んでいるのは企業や政治家であり、国民はデフレーションもインフレーションも望んでいない。
家族が喧嘩せずに暮らせて、子供に充分な教育と栄養を与えられ、年寄りには生きていた事を後悔させない、そんな普通の事が普通に出来る社会を望むので有って、日に日に物価が上がる今の状態では、デフレーション状態の方がまだましだった。
 
1973年のオイルショックは第一次オイルショックと呼ばれるが、この時は中東諸国によって石油で経済が混乱に陥ったが、2014年ももう終わりを迎えようとする今日、日本にはもっと用意しておかなければならない事が有るのではないか・・・。
 
金が有ってもそれが作れなければパンは買えない・・・。
あらゆる輸入食料品が為替相場の円の下落にまぎれて、じりじりと自然発生的に価格上昇を始めているような気がしないだろうか・・・。
 
温暖化と寒冷化が激化し、地球のこれまでの緑の位置が異変を起こし始めている。
 
加えて中国や第三国の台頭と年々増え続ける地球の人口、その内第一次「食料ショック」と言う経済混乱により、嫌でもインフレーション、それも生死を賭けたインフレーションに突入するのではないか・・・。


[本文は2014年12月24日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]