2020/10/22 06:00

1984年、創業者の山田光成に替わり、日本信販株式会社社長に就任した山田洋二は、社長就任直後に面白い話をしている。

「35歳の会社員、妻と子供2人は、それだけで十分に信用できる」

これは何のことだと思うだろうか、実はこれは無担保ローンの話だ。
この時代確かにカードローンも普及し始めていたが、それでもローン、つまり借金は結構大変なことだった。
50万円でもいざ借りるとなると、いや連帯保証人だの、それがなければ担保だなどと煩く、「金を借りる」と言う行為がいかに重大なことか、身を以て認識せざるを得ない手続きが待っていたものだった。

このときに山田洋二は思ったものだった
すなわちこうした煩わしく、厳しいローンの手続きがもっと手軽になれば、それで商品は売れるのではないか、そしてもともと創業者である父の山田光成は割賦販売を手がけていたことから、これを前身としていた日本信販は、割賦形式のローンを販売していくに当たり、このような煩雑な手続きを廃止した無担保割賦販売に進出していくのであるが、その時何を担保にするかの議論で、2代目の山田洋二は「会社員、妻に、子供2人は、それだけで担保の価値がある」としたのである。

その後日本信販は50万円まで無担保無保証人の割賦ローンを展開するが、当初こうした取り組みには懐疑的な見方があり、「山田は今にきっと貸した金の回収が付かずに苦労するぞ」と囁かれたものだった。
しかしこうした世間の陰口を吹っ飛ばしたのは「会社員、妻と2人の子供」だったのである。
山田洋二の読みどおり、例えば35歳会社員で、妻と子供2人の家庭は、殆ど見事に遅滞を出さずローンを完済していき、それが終わるとまたローンを組んで商品を購入して行ったのである。
これ以後カードローンは爆発的に普及していくことになる。

またこれから3年後の1987年、バブルが最盛期を迎えようとしていたときだが、ある中堅企業の入社式で、社長が新入社員にこんな挨拶をしている。
「諸君、諸君は今日からこの会社の正式な社員となる訳だが、これはどう言うことかと言うと、例えば諸君がこの会社の社員証を持って持ってサラ金に行けば、その場で30万円は絶対貸してくれる、これがこの会社の社員になったと言う意味だ」
乱暴な表現では在るが、どこかでは本質を付いた挨拶のようにも思える。

そして22年後の2009年、どうだろうか、今でも中小企業の社員証で即刻30万円を貸すサラ金はあるだろうか、また現在「会社員、妻と子供2人」は担保としての価値はあるものだろうか。
これは随分厳しい現実が待っているのではないか、すなわち会社員はいつ解雇されるか分からない、妻は簡単に離婚していき、任意の連帯責任者とはなりにくい、ましてその上、子供がいるとなれば生活は苦しいに違いない、「金は絶対貸せない」になるのではないだろうか。

またこれは2009年度上半期、全国で競売にかけられた一戸建て住宅やマンションだが、前年同期に比べ46%以上も増加、その数は30180件にも登っている。(不動産競売流通協会調べ)
会社の倒産や解雇、給料やボーナスのカットなどにより、住宅ローンを組んだ人がその返済ができなくなり、せっかく購入した自宅が金融機関によって競売を申したてられるケースが急増しているのである。

2008年度の上半期では一戸建てが14000件、マンションが7000件、店舗や事務所が9000件と言う具合に、全ての物件を含めて30000件だった競売物件が、2009年ではマンションと一戸建てだけで既に昨年度を超えているのであり、こうした実情鑑みる、ここ数年、全体で年間50000件から60000件で推移してきた競売物件、これでも相当悪い数字なのだが、2009年にはこれが、住宅だけで60000件を超えるローン破綻となるのは確実な情勢である。

そしてこれはまだ序章に過ぎない、通常債務者(借りている人)が債権者(貸している人)に約束の支払いができなくなった場合、競売に至るまでには約1年を要するが、金融危機から始まった今回のこうした影響、これは昨年の今頃から始まったのであり、このことを考えると、これから更に競売物件は増える、いやこれから本格化すると見るべきなのである。

またこうした金融機関による競売の他に、ローンが払えなくなってしまった借り主が、任意で自宅を売却してこれを返済に充てる「任意整理」と言う清算の仕方も考えられ、これらを含めると2010年は最大100000の家庭が家を失い、更に残った借金も返し続けなければならないそう言う非常事態が現れる可能性があるのである。

そしてこうしたことを考えての亀井金融担当大臣のモラトリアムだが、この借金返済猶予法案では、実質これを中小企業や、住宅ローンを組んだ人が銀行に申し込めば、明らかに信用不安が発生し、これにより更なる資金調達が困難になるケースが出現するであろうし、新たな返済計計画も求められるだろう、所詮借金の返済が少しばかり延長されるだけで、根本的な解決には繋がらず、殆どの中小企業や個人の住宅ローン返済者はこの猶予法案を活用できない

それでも銀行には政府から実績目標が課せられると、おそらく銀行は安全な、つまり返済に支障のない人や企業に返済猶予を使って欲しいと頼み、それで実績を上げるだろう。
つまりこの法案は困っている人には使えなくて、困っていない人に銀行が頼んで使って頂く、そんな法案でしかないことを認識しておかなければならず、この法案によって更に銀行、金融機関は貸し出し基準を厳しくしていく恐れがあり、その先にあるものは新規住宅着工件数の激減、すなわち激しい住宅建設不況と土地価格下落、資産価値の下落である。

さてどうだろうか、こうしたことを考えて見ると、今の日本社会で、例えば山田洋二の言う「形のない担保」があるとしたら、それはこうなるのではないか・・・。
「信用できるのは公務員か大企業社員、年金受給者しかいない」
そうだ、今の日本社会で従来のローン制度、または住宅ローンの適応基準を満たすものは公務員か、よほどの大企業の社員以外は適応外になってきているのであり、これは従来続いてきたローンのあり方が「崩壊」し始めてきていることを示している。

すなわち日本が海外と違った雇用形態をなしてきたその要素である、1つは「年功序列賃金昇格制度」、また1つは「終身雇用形態」、そして「常に上昇する経済」、これらの日本独特のあり方や「運」と言ったものがグローバリゼーション、自由主義経済と言う国際社会の波で洗われて崩壊したとき、

事実上一緒に崩壊していたものがあり、それがこうした日本独特の雇用形態を基盤としていた、従来のローンのあり方だったのである。

日本政府と日本人に降りかかってくる難題は今始まったばかりだ
そしてその中の一つにはこうしたローンの制度的整理があり、新しい貸借基準の構築と言う、おそらく現行政府では実現不可能な問題も含まれている。
人間の世にいついかなる場合も通用する完全な経済論やシステムは存在しない
それはいつも動いていて、とても不安定なものなのである。
 

[本文は2009年12月8日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]