「自由の概念」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2021/09/06 19:01



自由と言う言葉が最初に出てくるのは、中国では「後漢書」、日本でも「新日本紀」には既に自由と言う言葉が現れるが、ここで現される自由の概念は現在の自由の概念とは異なる。

 

「徒然草」では自由のことを勝手気ままな事、若しくは我がままで放蕩三昧な在り様としている事から、現在我々が概念する西洋史観的自由の概念と一致する概念は、元々日本や中国などには存在せず、英語の「freedom」や「liberty」の概念をそれまで有った「自由」と言う言葉に当てはめたに過ぎない。

 

それゆえ明治に入って文明開化の花開く頃、当代切っての学者である福沢諭吉をして、「freedom」や「liberty」をどう翻訳するかで悩ませ、その当初は「自由任意」や「天下御免」などをこの翻訳に当てようとしていたが、1872年、「中村正直」(なかむら・まさなお)がイギリスの哲学者「ジョン・スチュアート・ミル」の書いた「On Liberty」を翻訳した際、「自由之理」(じゆうのことわり)と翻訳した事から、それまで日本で概念されていた自由は、現代用語解説的な自由に変遷して行ったのである。

 

ただ、当時の日本を外国人の視点から詳しく記しているドイツ人医師、ベルツの記録によれば、1889年に発布された大日本帝国憲法、所謂「憲法の発布」の日には、「絹布の法被」(けんぷのはっぴ)が天皇より下されると思っていた民衆も多く、雪が舞う東京市中には山車が曳かれ、仮装行列が町を練り歩き、さながら祭りの如く在り様ながら、誰も憲法の内容はおろか、憲法そのものすらも理解していなかったとしている事から、当時の民衆が「自由」をしっかり認識できていたかと言えばさに有らず、相変わらず昔ながらの自由の概念でしかなかった。

 

当時何でもかんでも「自由」を付けた商品が流行し、「自由糖」と言う砂糖や飴、「自由水」と言う化粧水、果ては「自由下駄」や「自由饅頭」なるものまで売られていた事を考えるなら、中村正直が翻訳した自由の概念など民衆が理解し得ない概念だった事は容易に伺い知る事ができるが、現代社会はこれを笑えない。

 

日本人は今に至っても古典日本が概念した自由の意味でしか「自由」を概念していないのであり、この意味に措いて「freedom」や「liberty」の概念は現在に至っても理解されていないのであり、従って日本人は今に至っても「自由」を理解してはいないのである。

 

freedom」と「liberty」は微妙なニュアンスの違いが有る。

 

「freedom」の語源となる古代インド・ヨーロッパで使われていた「prijos」、古い時代の英語に出てくる「freo」、北欧神話の「フレア」や、ギリシャの「praos」などは共に同じ概念であり、これは「愛」、「好意を持つ」と言う意味、或いは温和で有る事を指しているが、その一方で日本や中国の様にわがままなこと、放蕩三昧な状態を指している事から、自己の能動性を意識させる。

 

しかしこれが「liberty」になってくると、周囲の環境や社会の中で自己の状態がどうで有るかを指してくるのであり、西洋史観的自由の概念はこの「liberty」の概念と、「freedom」が元々持っている抑圧の逆転性概念をして、「自由」が概念されている。

 

英語の「leader」の語源である「leod」、この語源的意味はラテン語の「liber」に由来し、「liber」の意味は「社会的、政治的制約を受けていない状態」を指している、若しくは「負債を負っていない」事を意味していて、これが形容詞の「自由な状態」、名詞の「自由」になっているが、例えば「liberalism(自由主義)などの語源もここから来ていて、「liberation(解放)も同じである。

 

この事から「自由」と言う語源が持つ意味は、先に「自由」とは対極にある状態をして成立する事が解り、この点では「平等」なども全く同じ原理で発生してきた言葉と言える。

 

17世紀、18世紀の「freedom」や「liberty」の概念は特権階級を指していた。

 

つまり一般大衆では得られない権利を有している者、或いは特別な権利が付与された者、時間的契約から解除、いわゆる「時効」を迎えた事を意味していて、これは具体的に何かと言えば、「王」或いは「貴族」の状態を意味する言葉だった。

 

振り返って今日我々の社会が概念する「自由」とは何か、この問いに正確に答えられる者はいないはずである。

自由と言う概念は社会的対比概念であり、常にその社会の状態と連動して変化していくものでも有る。

 

それゆえ時間経過と共に常に変異し、個人の状態によっても異なるこうした概念を止めて考える、つまり絶対的な価値観と考えることは、いつの時代であっても危険な事なのである。

 

また社会秩序が壊れた場合、或いは個人が17、8世紀の貴族や王の状態になった、いわゆる民主主義が進んだ現代社会の様な状態に有っては、逆に広がりすぎた自由が不自由をもたらし、その事が政治や国家を滅ぼす衆愚状態を生む事になる。

 

近代西洋史観が持つ自由は自己の積極的解放を根底に持っている。

 

これは抑圧された封建制度に対する人間的な権利と言う思想を生み、為に時の為政者が適切な治世を行わないときには、市民によって革命が起こされる、その権利が市民に有るとした考え方に発展していくのであり、これがフランス革命の根本的な思想だった。

 

だがその一方冒頭にも出てきた「ジョン・スチュアート・ミル」は、その著書の中で自己の自由は必ず他者の自由との衝突を生じせしめると記していて、他者の自由を阻害する行為が有ってはならないとしているが、このミルの自由観に重きを置いた現代社会の自由概念は、予め矛盾を抱えたものとなっている。

 

自由には抑圧を受けていない状態である「消極的自由」と、自己の欲望や考えを実践しようとする「積極的自由」が存在するが、この積極的自由の実現はどこかで他者の「消極的自由」を奪う事になり、従って民衆が自由を謳歌している時ほど民衆は不自由を感じ、孤独感に苛まれ、無力感に陥り、ここで民衆が進んでいく道は「全体主義」である。

 

そして全体主義の頂点に立つ者が独裁主義者と言うものであり、この状態をしてその独裁者個人が得られる自由は最高形となり、これ以上、究極を求めるなら、それは「死」である。

 

liberty」が「政治的、社会的制約から解放された形」を現している事が微妙に生きているような気がしないだろうか。

 

自由と全体主義、独裁と言うものはとても近い、若しくは同じものの表裏なのかも知れない。