2022/04/06 18:24

災害の恐ろしさはその災害の直接の被害もさることながら、もっと恐ろしいのは災害が復興される過程で、直接被害を受けなかった者を含めて、広い範囲、厳密に言えば日本全体の人の心と経済を狂わせてしまう点に有る。

2007年に最大震度6強の地震に襲われ、建物倒壊など大きな被害を出した「能登半島地震」、あれから既に5年の歳月が流れ、きれいに復興された輪島と、たまたま朝市に高校生のグループが出店してたので、彼らの話も交えて輪島がどう復興され、何が壊されたのかを検証した。

まず何故輪島の朝市に高校生が出店しているのか、その理由を訪ねてみたが、売上の低下が著しい朝市の活性化の為と言う事だった。

同朝市は震災以前から販売している食品の偽装申告の問題を抱え、売上が年々低下していたが、その売上下落は加速を付けて悪化し、苦肉の策として話題作りのために、地元高校の生徒が朝市出店をしているとのことだった。

従ってこの出店は初めから「取材」されることが目的であり、高校生の自主活動と行政や教育機関が行う緩やかな生徒に対する強制、或いは誘導とのグレーゾーンに有り、その趣旨もボランティアなのか生徒の社会学習なのかはっきりしていなかった。

また実際に販売されていた「いしるクッキー」なども余り売れている様子は無く、饅頭なども殆ど買っている人はいなかった。

この点に付いて生徒たちにどう思うか聞いてみると、「どちらかと言えば利益を出してはいけない感じなので・・・」と言う歯切れの悪い返事が帰ってきて、その真意を聞いてみると、「周囲で出店している人を超えて売ると、朝市に迷惑がかかるから」と言う事だった。

非常に残念だが、このような全体主義的な事ではせっかく販売の最前線にいて、ものを売ることの楽しさ、金が儲かる事の嬉しさが実感できない事になる。

またこの生徒たちが販売している小さな饅頭は1個が130円以上で、どこかでとても高額な気がした事から、饅頭に表示されている地元のメジャーな菓子店へ出向き、そこで試しに菓子など買って見たが、店員の印象はどちらと言えば高圧的な印象で、その原因を探るべく、周囲の他の店舗でも取材を起こしたが、そこから見えてくるものはどうしようもない泥沼だった。

その菓子店は金沢駅構内の売店にも菓子を販売する能登屈指の有名店だが、周囲の住人の評判は大変悪いものだった。

能登半島地震被災直後、被害の少なかった同菓子店は震災復興補助金を使って店舗を増設、そうした経緯から行政も補助金の給付先である菓子店を優先して援助して行ったのではないかと言う噂が有り、報道の取材も輪島市には他にも沢山の菓子店が有るが、取材は殆ど同菓子店に集中し、為にこの菓子店関係者が笑顔なのはカメラが回っている時だけだ・・・」と言う話だった。

つまりここで見えてくるものは、行政も朝市も地元製造メーカーもセットになって震災復興費用を「消費」してきた図式であり、この現実が見えない高校生たちの純粋な互助精神が道具にされている点にある。

そこで頭を抑えられた高校生たちが、本来学ぶべき大切な実態経済への挑戦と言う部分が蔑ろにされている事である。

更に能登半島地震の災害復興に関しては、その復興工事に携わった能登の土木建設業者が談合して工事を受注し、この事が公正取引委員会によってあばかれ、罰金が課せられたにも関わらず、地元各市町村はこうして震災復興費用と言う公費を食い物にした業者達が潰れると、地元経済が冷え込むことを理由に「懲罰軽減嘆願」を出している異常さである。

金のためなら「法」など少しねじ曲げても構わない、いやむしろ現実を考えるならそれがベストだと言わんばかりの考え方で、その一方では高校生がやることに「金や利益の追求は如何なものか」と言う事であり、しっかり「金や利益」の重さ、責任を学んで来なかったから、今日この過疎地域の経済のいい加減さが有ることが理解されていない。

だが高校生の目は結構大人の世界を見ているものだ、こうした背景をどこかで肌で感じる高校生達が抱える矛盾は、結果として彼らによって地域が切り捨てられる結果を生むような気がする。

その地域に対して絶望、或いは失望してしまう事から、この過疎地域から出て行くしか自身の夢や希望を叶えられない現実が出てくるのでは無いか、そしてその地域に失望をもたらすものは決して貧しさでは無く、その貧しさに心を失った人間によってもたらされるものでは無いかと思う。

地方の文化人、議会議員などの質は極めて悪い。
高齢化した社会、長期の援助主体経済は文化思想偏重主義を生み、劣化した見方から金を稼ぐと言う事がどこかで汚い、下品だと言う風潮を生むが、その一方自身に給付される補助金や歳費、年金などは上品な金だと思っている傾向が出てくる。

だが金の本質は稼ぐ事と「消費」の均衡に有って、税金や公費が支給される事、つまり「消費」のみが正しいのでは無い。

ちなみにこの朝市を取材したNHK,他の民放各局、新聞各紙の記事では「いしるクッキーの売上は好調、高校生たちの満面の笑顔が地域に大きな力を与えてくれた」となっていた。

2007年以降、能登は確実に壊れてきているが、それは地震が壊したのでは無く、震災復興と言う考え方、補助金やそれに群がる人間によって壊されたのであり、それは5年経った今でも広がりつつあると言う事だ。

おそらく東北の復興でも同じような事が、いやそれ以上の事が起こっているはずで、そうした事は震災復興と言う大義名分の影に押し込められ、光の中に出てくる事はできずにいるだろう。

防災の日を前に私が思うことは、人間こそが一番大きな「災害」になると言うことかも知れない。

[本文は2012年8月27日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]