2022/05/14 21:07

午前3時45分、いつもより少し早く起きた私はまず玄関の電気を付け、それから台所の電気ストーブを付けたが、そこへ程なく新聞配達の車がブレーキをかける音が聞こえた。

本来なら10月最終日にやってくる新聞代の集金、稲刈りが遅れた為、夕方籾すり作業をしていて、いつも集金に来る新聞店の店主に会えなかった事から、毎朝大体3時45分に新聞配達の車のブレーキを音を寝ながら聞いていた私は、遅れた新聞代金を払おうと銀行の袋に代金を入れ、早めに起きて待っていたのだった。

丁度玄関の戸を開けると同時に車から降りて来る人のシルエットが見えたが、新聞店の店主にしては少し線が細い。
おかしいなと思って声をかけたところ、その女性はまさかこんな時間に人が家から出てくるとは思わなかったのだろう、少しびっくりした様子で立ち止まった。

「道理で最近新聞が早いと思っていたら、あなたが配っていたのか・・・」
私は意外に若い女性がこんな時間に目の前に立っている事に、少し戸惑いながら声をかけた。
「○○が腰を悪くして動けないので、私が配ってます」
その女性は少し変わったイントネーションで答えたが、新聞店の店主の妻はフィリピンの女性とは聞いていたが、私よりも遥かに年上の店主の妻は、どうも20代後半くらいにしか見えなかった。

「あんた、子供も小さいと聞いていたが、こんな時間から新聞を配っているのか・・・」
「そうです、私、配ってました」
店主の妻はそう言って笑った。

私は新聞代の集金日に家に居られなかった事を詫び、それから彼女に新聞代を渡すと、少し待っているように伝え、家の台所から買い置きしてあった缶コーヒーを持ってきて彼女に差し出したが、彼女はそれを「ありがとうございます」と言って受け取ると、車に乗り込み、窓から手を振って隣家へと車を走らせて行った。

「大したものだな・・・・」
私は走り去る車を見送りながら呟いた。
新聞店店主の家も私と同じで父親が介護を必要とし、母親は認知症だ。
そこへ嫁いで来て2人の子供はまだ小さく、その上に店主まで腰を悪くしたと言うに、かの妻はかくも明るい。
「まだまだ遠いな・・・」、私はきっと苦笑いをしていたに違いない。

また同じ外国人妻と言う事では、最近の行商もすっかり様変わりし、昔なら体格の良いおばちゃんがリヤカーを押して、或いはライトバンを運転してやってきたものだが、最近ではこんな田舎に、やはり東南アジア系の30代前半くらいの女性が車を運転して行商にやってくるようになった。

元々家内が付き合いをしていたこの外国人の行商女性、家内が体調を壊して時々家から出て来れない時は、田んぼで私の姿を見かけると、そこまでやってきて「旦那さん、コロッケありますよ~」と声をかけるので、思わず高い事は知りながらもコロッケの5つも買ってしまい、ついでに豆腐や見たこともない文字ラベルのパイナップルジュースまで買ってしまう。

育ちの貧しさゆえ、幼い頃はコロッケすら年に数回しか買ってもらえなかった私は、今でもコロッケは特別な感じがして、どうしても逆らう事ができない。
それを知ってか知らずか、田圃のあぜまで来て囁かれると、農作業を中断しても家へ財布を取りに行ってしまうのである。

勿論この村でも彼女が来ても知らない顔をして、家からも出てこない者もいるだろう。
だが私は幼い頃、祖母からいつも人が訪れて呼ばれたら誰であろうと返事をして玄関まで出る事、そして帰りは必ず玄関の外で見送る事を至上として教えられていた事から、更にはそうした時に居留守を使うと、いつか自分の耳が聞こえなくなり、家族に唖(おし、口が聞けない障害)が生まれると言われていた為も有って、どうしても知らない顔ができない。

この行商の女性も30歳も年齢が離れた豆腐店店主のところに嫁ぎ、時々車に載せてくる男の子はまだ3歳くらいだろうか、そんな姿を見ていると、「ああ、凄いものだな・・・」と思う。
何と逞しく、明るく、そして現実に素直なのだろうと、つくづくそう思う。

遠く故郷を離れ、例えそれが金のためだろう、家族を養う為だろうとも30も年齢が離れた男と結婚し、子供をもうけてこうして明るく暮らしている。
思うに「幸福」とは「愛」とは一体何なのだろうと言う思いがする。

過日の事だが、スーパーで娘の買い物が終わるのを駐車場の車の中で待っていた私は、その斜め向かいに車を入れ、多分奥さんなのだろう女性が降りて行ってから、私と同じように車で待っている男性と目が合った。

全く知らない者では無く、大嫌いな奴だったがこの町の経済界の顔を自称している男だった。
私が嫌いな奴だから、おそらく向こうも私のことは大嫌いな事だろう。
私は軽く会釈をしたが男は知らん顔だった。

と、そこへこの町には似つかない派手な格好の女性が4人、妙な英語で喋りながら私の前を横切ったが、それはひと目でフィリピンパブの女性たちと解るもので、ついでに彼女たちはこの男と知り合いだったのか、○○さ~ん」と男に声をかけていた。

しかし、男はチラッと私の方を見ると、いつもフィリピンパブへ通っていると思われたくないのか、親しげに手を振る女性達を無視し、後ろを向いたのだった。
女性たちはそうした男に何かを感じたのだろうか、手を振るのを止めて雑談で笑いながら男の前を素通りしてスーパーの中に入って行った。

私はどこかで情けない思いがした・・・。
男の口癖はたしか「グローバルスタンダード」、これからは世界を視野に入れたものの考え方が必要になるだったか・・・。

祖国を離れこの日本で女の身で、その女を使って生活を成り立たせ、また或る者は日本の男に嫁ぎ、そして子供をもうけ、日本の経済に貢献しながら、祖国の親兄弟に仕送りもし、決して日本の文化と衝突するのでは無くそこに馴染んで暮らしている。

まるで水が流れるかのような有り様と明るさではないか・・・。

「グローバルスタンダード」「グローバリゼーション」を口にするのは簡単だが、日本人はまだまだ諸外国の、色んな人から学ばなければならない事が沢山有るのではないか・・・。


[本文は2012年11月13日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]